2007年03月25日
「キリストの再臨と備え」
ルカの福音書 21章29〜38節

 この世の終わり、キリスト者の受ける苦難、そしてキリストの再臨が、必ずやって来ると聖書から知ると、少なからず緊張感を覚えます。もう少し再臨を延ばしてほしい、まだしなければならないことがいっぱいある、まだ福音を知らせなければならない人々が大勢いる、などと思っているかも知れません。正直なところ、充分な備えができていないことが実情でしょう。主イエスのご命令に耳を傾けましょう。

 I. しるしを見て神の国が近いことを知りなさい。
 主イエスは、ご自身の再臨が近いことをさまざまな出来事から知るようにと言われます。それはいちじくの木やその他の木々から季節の移り変わりがわかるのと同じだというのです(29-30節)。確かに福音は世界の多くの国々に宣べ伝えられています。これからますますにせキリストが現れて、人々を惑わします。戦争や民族間の争いはさらに激化するでしょう。地震やききん、自然界の異変はもっと増えることが予想されます。ですから「これらのことが起こるのを見たら、神の国は近いと知りなさい」と主は言われるのです(31節)。主が預言されるこれらのことは必ず起こります。主はすべてをご存じであり、歴史を初めから終わりまでご支配なさっておられるからです。そしてこの時代は過ぎ去るのです。この天地は滅びるのです(22-23節)。「しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません」と言われるようにイエスのおことばは、他の聖書のことばと同様神のことばですから、決して滅びることがなくすべて成就するのです(23節、マタイ5:18)。私たちは時代のしるしから神の国が近いことを読みとらなければなりません。

 II. 神の国がいつ来てもあわてないように用心しなさい。
 私たちは、クリスチャンになってからも、与えられた日常の仕事を続けています。家庭を中心として衣食住の生活をし、それぞれが学校に行き、会社に行き、主婦として働き、あるいは静かな老後を過ごします。しかし、主が言われるように、私たちの心が「放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈んでいる」状態は決して良くないことです(34節)。そのような生活は、主を忘れているからすることであり、できることです。主イエスの再臨についての教えはその人たちの心に入っていません。その人たちは、神さまを忘れ、自分中心に生活しているのです。霊的には眠った状態にあります。だから主イエスが突然現れるとき、あわててしまうのです。主イエスの再臨は、全世界に及ぶもので、誰一人見落とされることはありません。だから、用心しなければなりません。以上見てきたようなさまざまな事柄から逃れて、主イエスの御前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていることが大切です。それが霊的に目を覚ましている状態です(36節、マルコ13:33)。主イエスがいつおいでになっても喜んでお迎えできるようになりたいものです。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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