2007年05月06日

「教会─奉仕と交わり」(II)
 I コリント21-27

 私たちが教会に集うのは、第一に礼拝をささげるためです。毎週礼拝をおささげすることはクリスチャンの特権であり、つとめであります。そのために私たちは、与えられた賜物と重荷(使命)によって奉仕をします。賜物と奉仕は、私たちがキリストのからだである教会の各部分であることから、行われます。実は私たちが各部分であることから互いの交わりが生まれます。今日は教会における大切な交わりについて考えましょう。

 I. 交わりはそれぞれの賜物を重んじることから生まれます。
 私たちはキリストのからだの各器官、各部分として互いになくてはならない存在であり、互いに他の器官を必要としています。各器官はからだの中でそれぞれの働きをしていますが、全体として調和が取れ、互いのために、益となっています。私たちは、いつも他の器官に対して無関心であってはなりません。私たちはいつも他の人たちが働きやすいように配慮し合ったり、自分にはない賜物、働きに対して尊重しなければなりません。
 大きな教会には大勢の人たちがいますから賜物を持った人たちも多く、その働きも広い範囲におよぶでしょう。海外宣教や国内伝道に教会から働き人を送り出している教会もあります。しかし、小さい教会もキリストのからだですから、必要なあらゆる賜物を持った人たちが集まっており、必要な奉仕をしています。私たちは各自に与えられた賜物を認め合い、尊重し、同時に自分に与えられた賜物を感謝をもって受け止めなければなりません。実に、交わりは私たちが互いに兄弟姉妹として尊敬し会う所から出発します。また、奉仕をしつつ深い交わりが与えられます。

 II. 交わりはそれぞれをいたわり合うことです。
 教会がキリストのからだであるとすれば、次にそれぞれが互いにいたわり合うのは当然です。教会の中で誰かが苦しめば、それはみんなの苦しみであり、誰かが幸せになれば、それはみんなの幸せです。「今日のみことば」(气Rリント12:25-26)の通りです。私たちは特にからだの弱さを覚えている方々のために祈っていますが、それは教会の本質に基づく働きです。教会は地域だけに限定されませんから、教会外の人たちのためにも祈ります。世界中の教会は結局キリストのからだに属しているからです。
 交わりはいろいろな形で進められるでしょう。礼拝の中にもすばらしい霊の交わりがあります。私たちが主イエスを救い主と信じていますから、私たちは御父と御子との交わりを与えられ、同時に兄弟姉妹たちの交わりが与えられます。礼拝後の分級での交わりも(成人科ですが)、メッセージやみことばの恵みを分かち合い、近況報告や祈りの課題を出し合って祈ることによって、真の交わりが与えられます。その後のコーヒータイムでのまた違った個人的な交わりも、とても良いものと思います。私たちは互いによい意味で関心を持つべきなのです。そして祈り合いましょう。そこにも本当の交わりがあるのです。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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