2007年06月10日

「どうして洗礼を受けるのですか」
マタイ28:16-20、ローマ6:1-11
 イエスを救い主と信じた人が、続けて洗礼を受けて、公にクリスチャンになることは、きわめて自然なことです。主イエスは、大宣教命令として弟子たちに次のように命じました。「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、・・・」(マタイ28:19)。この命令の中で一番重要な「弟子とする」ために、信じた者にバプテスマを授けることが必要です。弟子たちはその命令の通り、ペンテコステの時から実行しました(使徒2:38-41他)。では洗礼とは何でしょうか。
 . キリストを信じ、従う決心をしたことを意味します。
 上に見たようにイエスを救い主と信じた者は、キリストのご命令に従います。その人にとって主イエスは「私の主。私の神。」(ヨハネ20:28) ですから、その人は生涯主に従って行きたいと願います。バプテスマは、主イエスのご命令ですから、弟子となって、主に従うために洗礼を受けるのです。信仰告白をした人がバプテスマを受けると、その人が信仰生活を始めるにあたって良い区切りとなり、その人の信仰生活がしっかりしたものとなることも事実です。

 . 古い自分が死に、新しい自分が新しい歩みを始めたことを意味します。
 私たちを罪と死とさばきから救う主の十字架と復活のみわざは、さらにイエスを信じる者がキリストの死と復活にあずかることを意味します。かつての罪に満ちた古い自分は、キリストの死と結び合わされ、罪のからだが滅びて、罪から解放されました。同時にその人は、キリストのよみがえりのいのちにあずかって、キリストの復活とともに新しい歩みを始めたのです。水のバプテスマは、死と復活(新生)という目に見えない真理を目に見える形で表したものなのです。その意味で全身を水の中に浸すバプテスマ(浸礼)の方が、滴礼より本来の趣旨に合っていると考えられます。

 。. キリストのからだの一部とされたことを意味します。
 イエスを救い主と信じた時、その人は聖霊を受け(それを「聖霊によってバプテスマを受けた」といいます)、キリストのからだの一部とされます(Iコリント12:13)。聖霊によって新しくされた人は、同時に目に見えないキリストのからだの一員とされたのです。水のバプテスマは、その事実を目に見える形で表し、その人は地域教会の会員となるのです。目に見えない教会は必ず目に見える教会において存在します。地上の教会、地域教会は必ず天上の教会、目に見えない教会と結びついています。だから水のバプテスマを受けた人は、いのちの書に名前が記されていると確信を持ってよいのです。このように洗礼を受けることは、主から大きな恵みをいただくことになります。
  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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