礼拝説教
2004年6月27日
「説教とその聞き方」
使徒17:16-34
 毎週の礼拝で私たちは説教者が語るメッセージに耳を傾けます。私たちはメッセージをどのように聞いたら良いのでしょうか。また、聖書朗読と説教が続いていることは何か意味があるのでしょうか。聖書は神のことばであり、聖書朗読は神からの語りかけと考えられます。説教は、説教者を通 して神が私たちに語りかけ、みこころを伝えていると考えられます。ですから、説教とは何か、をよく理解し、正しく聞くことは大変重要なことと考えられます。

 説教とは何でしょうか。私は、説教は示された聖書の箇所、みことばの解き明かしと考えています。私は多くの場合、釈義説教をしています。説教者は、今日を生きている聴衆と共にその聖書の箇所で著者が私たちに伝えようとしていることを十分に理解し、一つの主題にまとめ、わかりやすく解き明かします。解き明かしには、みことばを毎日の生活に具体的に適用する仕方が伴います。メッセージを聞いた聴衆は、中心となる主題を理解して、具体的にみことばに生きるとはどういうことかがわかって、日常の生活に戻ります。

 今朝は、パウロがアレオパゴスでアテネの人々に語った説教から学んでみましょう。  パウロは、アテネの人々が宗教心に熱い人たちであると言って、彼らの関心を引き出し、彼らが拝んでいる「知られない神」を教えましょう、と知的で知りたがりやの人々に万物の創造者を教えます(22-23節)。天地の主は、手で造った宮などにはお住みにならず、人の手によって仕えられる必要もありません(24-25節)。このようにまことの神から語り始めて、人間(26-29)、そしてさばき主であり、よみがえりの主であるイエス・キリストへと語り(30-31)、聴衆は答えます(32-34)。このことを詳しく見て行きましょう。
  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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