礼拝説教
2004年7月11日
「心から主を賛美しよう」
詩篇98篇、エペソ5:15-21
 私たちが毎週ささげている礼拝に中で賛美が重要な要素の一つであることは、多くの人がよく承知していることです。初めて教会に来た人たちの中に、讃美歌が好きだから、来たいと思った、という人も少なくないでしょう。多くの人は歌うことが好きであり、また教会で讃美歌を歌うことも好きでしょう。では、歌が好きでない人たちは、礼拝で歌わない方がいいのでしょうか。上手に賛美できない人は、礼拝で黙っている方がよいのでしょうか。そんなことは決してありません。賛美は主への賛美ですから、歌が上手に歌えるか歌えないかということは、本質的なことではありません。 また、周りの人たちに聞かせることも重要なことではありません。

 旧約の時代からイスラエルの人々は、いろいろな機会に主を賛美しました。たとえば、モーセの時代にエジプトの奴隷の状態にあったイスラエル人は、主の大いなる奇蹟によって紅海の中のかわいた地を渡ることができました。一方エジプトの全軍は、もとの状態に戻された海の中に投げ込まれて、滅びてしまいました。そのとき、モーセとイスラエル人は主に向かって賛美の歌を歌い、モーセの姉のミリヤムはタンバリンを手に取って、女たちとともに踊りながら人々に応えて歌いました(出エジプト15:1-21)。詩篇の多くが実際に節を付けて、天地万物を造り、イスラエルを救われた主である神に対して歌われた賛美です。

 詩篇98篇は、主のなさったすばらしいみわざを歌った賛美です。主はイスラエルの民をバビロン捕囚から解放してくださいました。それはくすしいわざであり、まさに「その右の御手と、その聖なる御腕とが、主に勝利をもたらしたのだ」から「新しい歌を主に歌え」(1節)と勧めているのです。また、主のイスラエルに対する恵みと真実、救いは、地の果 て果てまでの人々が見ているもので、イスラエルの人々は心から賛美えざるを得ないのです。さらに、詩篇の記者は、彼らイスラエル人だけでなく、すべての人々、すべての被造物よ、主を賛美せよ、主に喜び叫べ、と命じています。それにはいろいろな楽器が伴います(4-8節)。

 新約の時代も賛美は続いています。主イエスと弟子たちは、最後の食事をした後、賛美の歌を歌ってから、オリーブ山に出かけて行きました(マタイ26:20)。パウロはエペソの人たちに「今日のみことば」にあるような勧めをしています。今朝は賛美についてご一緒に考えてみましょう。
  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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