2007年09月02日

「十字架による救い」
ルカの福音書 23章32〜43節
 キリスト教会の搭や屋根には必ずと言っていいほど十字架がついています。十字架のない教会はキリストの教会とは言えません。同時に十字架の意味も正しく語らなくてはなりません。十字架(そして復活)にこそ罪の赦しがあるからです。

I. 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
 十字架による処刑はローマ帝国が属国や征服した国々の犯罪人を処罰するもっとも残酷な刑でした。主イエスは無罪でありながら、二人の犯罪人とともに十字架につけられました。主が始めて発したことばは何と祈りでした。ご自分を十字架につけた人々の罪の赦しを父なる神にとりなす祈りだったのです。主イエスを不当な裁判にかけ、有罪にした者たちから、実際に十字架刑を執行した者たちまで実に多くの人々が関わっていました。主は彼らが本当は何もわからないのでご自分を十字架につけたのだから、彼らの罪を赦してくださいとお願いしたのです。主が十字架につけられたのは、表面的には70人議会で有罪にされ、ピラトのもとで刑が確定し、ローマの兵隊たちが刑を執行したに過ぎないように見えますが、神の側から見れば、事実はまったく別なのです。主イエスは全人類の身代わりとなって、すべての罪を贖ってくださったので、主を信じれば、誰であってもその人の罪が赦され、その人は天国に行くことができるのです。主イエスはすべての人が救われる道を開いてくださったのです(ヘブル7:27参照)。

II. 「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
 二人の犯罪人が主イエスの十字架の右と左にそれぞれつけられていました。そのうちの一人はイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」(39節)と言いました。しかしもう一人は、わずかな時間の間にイエスがただの人間ではなく、神の国を支配する王であり、救い主キリストであると信じるようになりました。主が何の罪もないお方であることと自分の罪を認めています(40-41節)。そしてこう言いました。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思いだしてください。」(42節) 死罪にあたる犯罪を犯した故に、死刑は免れなかったのですが、彼は極めて謙遜な信仰告白をして、罪が赦され、天国へ行くことができたのです。主イエスの次のおことばがそれを保証しています。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」(43節)
 主イエスを信じるのに多くの時間を取る必要はありません。まずイエスが、神の御子、キリストであり、私の罪のために十字架にかかって死んでくださったことを信じます。次に主を信じることによって私の罪が赦されることを信じ、そして告白します。それで私の罪が赦され、天国に行くことができるのです。すばらしい祝福の道がすでに開かれているのです。
  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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