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「 いのちのことばを語る」
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使徒の働き5章12〜32節
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使徒たちは福音を語り続けました。同時に使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議なわざが行われました。それは主に病気をいやす奇蹟でした。大勢の人が使徒たちの所にやって来て、主を信じ、病人たちはみないやされました。こうして主を信じる者は、男も女もますますふえていきました(12-16節)。今日は、使徒たちが語った福音について考えてみましょう。
I. 主は福音を語るよう命令しておられる。
以上のように、主を信じる者が大勢起こされ、病人がみないやされ、教会がしっかりと立って行くと、ユダヤ人の指導者たちは、ねたみに燃え、使徒たちを捕らえて、留置場に入れてしまいました。しかし、主の使いが牢の扉を開き、使徒たちを牢から連れ出し、こう言いました。「行って、宮の中に立ち,人々にこのいのちのことばを、ことごとく語りなさい。」(20節) ここで言われている「いのちのことば」は、福音に他なりません。その具体的内容は、主イエスが十字架にかかって死に、よみがえって神の右に上げられたことです。そして、悔い改めて、主を救い主として信じる者は、罪が赦され、神の子となるのです(30-31節参照)。使徒たちは、この命令を主イエスから受けているのですから、大祭司やサドカイ人たちがどんなに反対し、イエスの名によって教えるのを禁じても、「人に従うよりも、神に従うべきです」(29節)と言って、語り続けました。主はキリストの弟子である私たちにも、同じようにいのちのことばを語るように命じておられるのです。
II. 主は福音を語る者を助けてくださる。
主は、使徒たちに命令しただけで、ご自分は手を引いてしまうようなお方ではありません。主は使徒たちを迫害から守り、時には捕われの身を解放してくださいます。ペテロたちの場合、主は御使いを遣わして、獄舎の扉を開けさせて、使徒たちを解放し、福音を自由に語れるようにしてくださいました。イエスに敵対する者たちがどんなに厳重に番をしても、主の御力には勝てません。時には、使徒たちが迫害に遭うのを、許される場合があります。間もなく使徒の働きに登場するステパノは、弟子たちの中で最初の殉教者でした。私たちの考えの及ばないことは、だれが解放され、だれが殉教するか、ということです。私たちにできることで、またしなければならないことは、どんな時にも福音を語ることです。「みことばを語りなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(IIテモテ4:2)これは、パウロを通しての主のご命令です。だからこそ、今日の私たちも福音を語り続けるのです。使徒たちは主イエスの復活の証人です(32節)。彼らの証言はことごとく正しいのですから、その証言を信頼してよいのです。 |
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