キリスト者は、常にこの世の人々と関わりを持ちながら生活しています。キリスト者は、わが国においては非常に少数派で、多くの人々はそれぞれの宗教を持ち、中には狂信的と思える人たちもいますが、極めて良識ある人たちもいます。初代教会がまさにそのような時代で、使徒たちはこのような人々の中にあって宣教活動を行っていました。
I. 狂信的な人々はキリスト者に敵対する。
アルテミス神殿の騒動に端を発して、銀細工人たちの小規模な集まりから町中の人々を巻き込んだ大騒動へと拡大して、人々は大きな劇場になだれ込みました。パウロの同行者二人が捕らえられて、劇場に連れて行かれたので、パウロもその集団に入って行こうとしましたが、弟子たちに止められました。パウロに危険が及ぶことが十分予想されたからです。集会は混乱状態に陥り、人々は勝手気ままに様々なことを叫びました。パウロたちキリスト者に対する彼らの叫びは、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ」という一斉の叫びで(34節)、それを2時間も続けたのです。このような人々は、自分たちが信奉している神々が地に落ちてしまうことを心から恐れ、またこれまでの生活が維持されることを特に願ったのでした。今日でも事情はそれほど変わっていません。偶像の神々を信じ、神々の像やお札や記念品、衣類や食べ物などを売ったり、偶像の宮に関わる宿泊施設や食事などを提供して生計を立ている人たちが数多くいます。彼らはキリスト者たちが一番の手強い相手と思っています。でもクリスチャンは、福音を宣べ伝えることはしても、狂信的な人たちと議論する必要はないでのです。
II. 良識のある人たちはキリスト者に好意的である。
このような中で、町の書記役が登場して群衆を静め、彼らを説得しました。彼はパウロたちの行動を冷静に見ていたようです。彼は、この場に連れて来られたキリスト者たちが宮を汚した者でもなく、女神をそしった者でもないことを見定めており、彼らに落ち度がないことを認めていたからです。彼は続けてこう説得しました。「それで、もしデメテリオとその仲間の職人たちが、だれかに文句があるのなら、裁判の日があるし、地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。」(39節)そして、正式な議会や裁判で訴えることもせずに、ただ集会で要求するようなことがあれば、騒擾罪に問われる恐れがあると、警告しました。こう言って、書記役はこの集まりを解散させました。確かにこの世には、クリスチャンでない人で良識のある人たちがいます。彼らは私たちに比較的好意的です。私たちに反対し、何かと妨害しようとする人たちがいる反面、好意的な人たちもいて、私たちはそのような人々の間にあって生きているのです。上からの知恵と導きをいただいて、ぜひ賢く振る舞いたいと思います。「今日のみことば」ローマ12:17-18を参照してください。 |