礼拝説教

2009年7月26日

「礼拝・聖餐・交わり」 
使徒の働き20章1〜12節

 パウロの第3回伝道旅行(18:23〜21:26、紀元52〜56ごろ)は、間もなく終ろうとしています。これまで見て来たエペソでの騒ぎが治まると、パウロはマケドニヤに向け出発し、道々兄弟たちを励まして、ギリシヤに来て、そこで3ヶ月過ごしました。そこからシリヤに向け船出しようとした時に、彼に対する陰謀があったため、マケドニヤを経て帰ることにし、ソパテロほか5人が同行しました。最終的に、同行者が先発して、トロアスでピリピから船出したパウロやルカたちと落ち合いました。そこに彼らは7日間滞在し、週の初めの日(日曜日)にパンを裂くために集まったのです。

 I. 兄弟たちは日曜日に集まって礼拝していた。
 もうこの時期は、ペンテコステから27年も経っていて、日曜日を主の日として礼拝していたことがわかります(7節)。この日にパンを裂く、つまり聖餐にあずかることが重要なことだったこともわかります。礼拝のプログラムはわかりませんが、翌日出発する予定だったので、時間の許す限り、パウロは兄弟たちに語りました。教えであり、勧めだったのでしょう。当時の家は、屋上の間があったので、そこにルカを含めて(「私たち」章句、8節)、大勢の弟子たちが集まり、人々はその長い話しに聞き入りました。ところがユテコという青年が眠ってしまい、腰掛けていた窓の所(3階)から下に落ちて、死んでしまいまいました。しかし、パウロはこの青年を抱きかかえて、生き返らせたのです(10節)。このように初代教会においては、聖餐とともに教えや勧め(そして聖書朗読)が礼拝の中心だったのです(Iテモテ4:13参照)。

 II. 兄弟たちは交わりも重視していた。
 この時の長い礼拝は特別のものだったと思われますが、生き返った青年によって多いに励まされた彼らは、途中で聖餐にあずかりました。これもコリントの手紙第一に記されているような形の整ったものかどうかは、わかりませんが(11:23〜29)、当時の人たちは依然として聖餐と愛餐を一緒にしていたようです(同20〜22節)。「パンを裂く」はぶどう酒を飲むことも含まれますが、もともと共同生活から始まった彼らの信仰生活は、家々でのパン裂き(聖餐)と「喜びと真心を持って食事をともに」することは極めて自然なことでした(使徒2:46)。初代教会の兄弟たちは、食事をともにしながら良い交わりを持ったことでしょう。
 これは、今日でも同じです。各教会において毎週礼拝後に何らかの形で交わりの時を持ちます。そのとき、食事が伴うか、コーヒーやお菓子なのかは、それほど大きな問題ではありません。私たちの教会の礼拝に続く分級やコーヒータイムは、交わりを進める手段の一つです。交わりは、昔も今も教会生活の中で重要な要素の一つです。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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