礼拝説教

2010年10月10日

「分裂がなく,一致を保つために」
コリント人への手紙 第一 1章10〜17節

 教会は、イエス・キリストを救い主と信じている者たちの群れですから、本来、一致があっても,分裂がないはずです。しかし現実は必ずしも違います。現在もそうですが、パウロの時代でも分裂がありました。今日は、コリントの教会の実情をみて、より理想的な教会を建て上げるための指針にしましょう。

 I. キリストではなく指導者たちを見る
 コリントの教会は、4つのグループに分かれ、互いに争っていました。まず、「パウロにつく者たち」がいました。パウロは、始めてコリントの町に来て、伝道し、この教会を建てたので、多くの者がパウロを師と仰いだのは自然の成り行きだったでしょう。次に「アポロにつく者たち」もいました。「私(パウロ)が植えて,アポロが水を注ぎました」(3:6)とパウロが言っているように、アポロは、パウロのあとに来て、教会を育て上げました。彼は雄弁家で旧約聖書に精通していましたので、彼を尊敬する人たちがいたことも不思議ではありません。3番目に「ケパ(ペテロ)につく者たち」がいました。ペテロは、12使徒の中でもリーダー格であり、多くの人が彼を尊敬していたのでしょう。特にユダヤ人のクリスチャンたちは、律法を重んじていたペテロにより惹かれていたかも知れません。最後に「キリストにつく者たち」がいました。自分たちは3人の指導者のいずれにもつけないので、キリストにつくと言うのです。彼らはしかし、キリストを3人の指導者たちと同列に置く過ちを犯しています。このように分裂の原因は、救い主キリストではなく、指導者たちを見ることにあります。

 II. キリストと十字架を見上げる
 以上見てきたように、分裂の原因は、キリストがどういうお方か、何をなさったのかを深く知らないことにあります。救い主キリストは十字架にかかって死んでくださいました。指導者たちが十字架につけられたのではありません(13節)。分裂をなくすためには、もう一度キリストを見上げ、そのなさった御業、特に十字架の御業をはっきりと理解することが必要です。そして指導者たちは、福音を宣べ伝えるために遣わされ、信じたものにバプテスマを授けますが,それは主イエス・キリストの御名によるのです。キリストとパウロなど指導者たちとは、比べることができないはずです。キリストを見上げ,十字架を見上げることです。その点を理解すると分裂から一致へと導かれていきます。それが「同じ心、同じ判断」を保つことであり、みなが一致するので,仲間割れがなくなるのです(10節)。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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