礼拝説教

2010年11月14日

「肉に属している人、御霊に属している人」
コリント人への手紙 第一 2章14〜3章4節

 クリスチャンと言われる人は、当然のことながら、主イエスを救い主と信じ、罪が赦された人のことを言います。その人のもうひとつの特徴は、その人が新しく生まれ変わったことです。生まれながらの人ではなくて、聖霊によって新しくされたのです。こうしてクリスチャンは、霊的な成長を目指して歩き始めます。しかし、なお未熟な状態に留まっている人がいます。

 I. 肉に属している人
 クリスチャンになる前の人は誰でも「生まれながらの人」です。その人は、「神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。」(14節)生まれながらの人が、教会に来ても、聖書を読んでも、聖霊のことや聖霊がしてくださること、すなわち十字架のみわざによって救われることなど受け入れることができません。それは愚かに思えるからです。また悟ことができません。しかし、幸いなことに、御霊が働いてくださり、その人は聖書のことばがわかるようになり、主イエスを信じ、御霊のことがわかるようになります。しかし、クリスチャンになっても成長の度合いに違いが出てきます。ある人はいつまでたっても幼子のままです。コリントの教会の人たちのかなりの人たちは、「御霊に属している人」ではなく、「肉に属している人」たちでした。彼らは、信仰のいろはを理解するだけで、むずかしい教理のことはわかりませんでした(2節)。そして、彼らの間にねたみや争いがあったことも、彼らが肉に属していることの証拠でもありました。

 II. 御霊に属している人
 一方教会の中に「御霊に属している人」もいたでしょう。このような人は、「すべてのことをわきまえますが、自分はだれによてもわきまえられません」(15節)。つまり彼らは、すべてのことを正しく吟味し、判断することができます。そして他のだれかから間違った判断や批判を受けても、左右されず、自分が正しいと確信した道を歩むことができます。このような人は御霊の取扱いを受けて、従順に御霊に従っている人で、霊的に成長している人です。信仰のいろはを卒業し、キリストに対する信仰とキリストに関する知識において成長している人で、完全に大人になっている人と言えるでしょう(エペソ4:13)。だから、この世の様々の教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりせず、正しいキリストの教えを堅く保つことの出来る人です。すべてのクリスチャンは、このように御霊に属している人になることができるし、またそうなるように務めなければなりません。そのためにはみことばをいつもいただくことが大切です。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
静岡県富士市今泉2640-15 TEL&FAX:0545-52-6382