礼拝説教

2011年4月3日

「唯一のまことの神以外の神々は何か」
コリント人への手紙 第一 8章1〜6節

 わが国は、八百万の神々で満ちていると言えます。私たちは、家を出るともう何軒かのお寺や神社にぶつかります。私は、散歩として時々、教会から原田公園あたりまで行って帰ってきます。時には寄り道します。少なくても5〜6軒の伝統的なお寺や神社の他に新興宗教(天理教など)の集会所があります。それぞれが、別々の神々をご神体としてまつり、各自が特別なご利益を謳っています。パウロの時代もイスラエル以外の国々には偶像が満ちていました。パウロはどのように教えたのでしょうか。

 I. 世の中には多くの神々がある
 コリントの町には、多くのギリシャの神々がまつられており、人々は神々にいけにえとして肉をささげました。その肉は、やがて払い下げられて、宮で食事をする人が食べたり、市場で売られたりしました。キリスト者になったら、偶像にささげられていた肉を食べても食べなくても、何の問題もないのですが、中には信仰の弱い(弱い良心の)人がいて、しばしば彼らの信仰が動揺してしまいます(この点については次回考えます)。本当に、偶像の神々は存在するのでしょうか。実際は、存在しないのです。そのような名のつく宮やお寺があることはありますが、もともと人間が作り、祀ったものですから、何の力も何のご利益もありません。キリスト者は、何よりもまず、このことで確信を持つべきです。

 II. 世の中には唯一の神がおられるだけである
 「今日のみことば」にあるように、「私たちは、世の偶像の神々は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています」(4節)。教会に来て、説教を聞き、また熱心に聖書を読むことによって、私たちは父なる唯一の神と唯一の主なるキリストを知ることができました。これはすばらしい恵みで、主に感謝すべきです。しかし、他の人に対する愛がないと、その知識は人を高ぶらせます(1節)。だから私たちは、正しい知識を与えられていることで、ますます謙遜になって、さらに真理を知ることを求めなければなりません。唯一の父なる神と唯一の主なるイエス・キリストの関係については、パウロがここで明らかに説明しているとおりです(6節)。すなわち、父なる神に関しては、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しています。私たちは神によって造られ、したがって、神のために生きているのです。そして主イエスは、御父と私たちの間に介在されるお方で、すべてのものと同様に、私たちはこの方に由って(通して)存在しているのです。まことの神に栄光を帰し、まことの神にのみ礼拝をささげましょう。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
静岡県富士市今泉2640-15 TEL&FAX:0545-52-6382