教会のすばらしさは、指導者たちが中心となりながら、多くの信徒たちがさまざまな奉仕をして、礼拝や伝道、教育、交わりを支え、導くことでしょう。初代教会においては、使徒や伝道者、長老たちのような教職者だけでなく、一般の信者である兄弟姉妹たちが積極的に働きました。
I. 働き、労している兄弟たちに服従しなさい
初代教会で働いている兄弟たちは、今日の役員クラスの人たちだったと思われますが、知識的にも信仰的にもすぐれ、しかも実際的な奉仕をしたのです。Iコリントの最後の部分で、最初に名の上がったステパナの家族は、アカヤ(コリントなどのあるギリシヤの南部)で初めてキリスト者になった人たちで、恐らく旅をしている聖徒たち(指導的なキリスト者たちだったのでしょう)の世話をして、次の旅へ送り出したと思われます。パウロは、このような人たちに、また、ともに働き、労しているすべての人たちに服従しなさい、と命じています(16節)。また、コリントの教会からパウロの所に派遣された、ステパナとボルトナとアカイコがパウロの所に来たことをパウロは喜んでいます。彼らは、パウロを尊敬し、教会の多くの兄弟たちの成し得なかった「足りない分」を補っているのです(17節)。このような人たちがいるからこそ、パウロは支えられ、コリントの教会はしっかりと立っているのでしょう。
II. アジヤの諸教会がよろしくと言っています
パウロは今エペソにいます。彼と共に多くの兄弟姉妹がいたのですが、代表としてアクラとプリスカの夫婦の名が挙げられています。彼らは聖書に何回も出て来る主に忠実な働き人で、パウロを助け、コリントの教会の創設に携わっています(使徒18:2以下)。彼らは、二人だけでも行動し、行く先々で家の教会を主宰し(例えばエペソのほかにローマで)、忠実に主に仕えていたキリスト者です。彼らの家の教会に多くの兄弟姉妹が集まって礼拝を守っており、ほかの多くの教会も含めて、パウロがアジヤの諸教会がよろしくと言っているわけです。一方コリントの教会の兄弟姉妹たちの名前もアジヤの人たちは知っているので、こうして互いのために祈り合い、主にある交わりができているのです。今日でも同じで、私たちは少なくとも、近くにいる諸教会のために祈り、また、同じ連合の仲間たちのことを覚えて祈り合い、助け合うことができます。このような交わりは教会の大切な働きです。私たちはこのような交わりにも励みたいと思います。 |