礼拝説教

2012年2月26日

「世に来られた方を受け入れる」
ヨハネの福音書 1章9〜13節

 永遠の昔から三位一体の神様はすでに存在していましたが、受肉前の主イエスは、救いのご計画の最もふさわしい時に、この世に来てくださいました。私たちがクリスマスの時に御子イエスのご降誕をお祝いします。それを使徒ヨハネは、「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた」(9節)と表現しています。この方が世に来られた時、世の人々はどのように迎えたでしょうか。

 I. 世の人々はこの方を受け入れなかった
 主イエスについては、「この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった」(10節)のです。だから、今から2000年前にイエスがご自分のくにである世に来られたのに、ご自分の民は受け入れませんでした(11節)。世を代表してユダヤ人は、イエスがユダヤに来て、彼らの中に住んでくださったのに、彼らは主イエスを受け入れなかったのです。神であり人であるお方を、神の御子、キリスト=救い主と信じるには、主はユダヤ人の予想や期待とあまりに違っていたのでしょうか。主がなさった多くのみわざも、主の権威に満ちた教えも彼らには理解されませんでした。それは、彼らの霊の眼が曇っていたからです。しかし、この福音書は主イエスの本当の姿を正確に生き生きと書いています。ですから私たちが祈りながら読み進めれば、主イエスが神の御子キリストとわかり、信じられるのです。

 II. この方を受け入れた人々は神の子どもとされた
 しかし、主イエスが十字架にかかって死に、よみがえられて、救いのみわざを完成し、聖霊を送られたペンテコステの時から、多くの人々が主イエスを信じるようになりました。約束の聖霊がすべての人々に働き、信じるすべての人々に与えられる新しい時代が来たからです。しかし、この箇所ではそのことには触れずに、12節にある救いをいただくための条件と救いによって与えられる特権を力強く述べています。その条件とは、この方、すなわち主イエスを心の中に受け入れること、その名を信じることです。聖書が教えている神は、人格を持った神ですから、私たちは主を心の中に受け入れなければなりません。それは主イエスの名を信じることでもあります。そうすれば神の子どもとされる特権が与えられるのです。誰であっても、主を信じるなら、神の家族に入ることができ、神の子どもとされます。そしてその人々は、血のつながりや人間的な思いではなく、神によって生まれるのです(13節)。

  今泉キリスト福音教会 牧師:岡本 昭世 【説教インデックスへ
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