聖書が教えているすばらしい事実は、天地万物を造られた神が私たちを愛してくださっているということです。その神の愛は、具体的には、御子イエス・キリストをこの世に送ってくださったこと、そしてキリストが十字架にかかって死なれ、救いの道を開いてくださったことに現れています。そして愛されている私たちの務めは、イエスを愛することです。今朝もこのすばらしい事実を学びましょう。
I. イエスを愛する人はイエスの戒めを守る
イエスの戒めとは「互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(13:34)といイエスの新しい戒めです。エルサレムのとある大きな家の二階の広間で、イエスは弟子たちに大切なことを数々教えましたが、その中の中心的な教えが、この戒めです。イエスは弟子たちを愛し、最後の十字架に至るまで愛されました。それと同じように、弟子たちが互いに愛し合うことを、イエスは求めておられるのです。当時の弟子たちは、仲間の中で誰が一番偉いのかを論じ合っているほどの、兄弟愛から遠い存在でしたから、イエスの教えは、弟子たちにとって新鮮で、しかし極めて実行のむずかしいものと写ったことでしょう。そして、今ここに、イエスは弟子たちにご自分を愛することを求めておられるのです(15,21, 23節)。そしてイエスを愛する人は、イエスの戒めを守るはずであると示されました。逆に考えれば、イエスを愛さなければ、イエスの戒めを守ることができないことでもあります(24節参照)。
II. イエスを愛する人は御父とイエスに愛される
すでに見たように、イエスは十字架にかけられて死なれた後、よみがえり、弟子たちに現れます。それは弟子たちを捨てて孤児にはしないというイエスの約束として、復活があり、弟子たちへの顕現があるとも言えます(21節後半)。イエスを愛する人は、イエスの戒めを守りますが、御父はその人を愛してくださいます。そして当然のことながら、イエスもその人を愛してくださいます。さらに御父とイエスは、「その人のところに来て、その人とともに住みます」(23節)とさえ言ってくださいます。そのことが可能なのは、助け主・聖霊が送られるからです。助け主・聖霊は、御父とイエスがイエスを愛する私たちのうちに住んでくださり、御父とイエスのご臨在を覚えさせてくださいます。このようなイエスのことばは、イエス自身のものではなく、イエスを遣わした御父のことばです(24節)。ここに再び御父と御子との深い霊的な一体感を見ることですが、本当のことは私たちの理解を超えています。でも、信仰によって受け入れることが出来ます。そして喜んで従うことができます。主に感謝しましょう。 |